『ヒトラー ~最後の12日間~』
gyaoで視聴。見てよかったです。史実はやっぱり「面白い」です。見始めたら最後まで一気に見切ってしまいました。ただ、私はナチの幹部や組織に関する知識が十分とは言えず、きちんと理解したかどうか心もとないのが残念です。それと、制服ばっかりで、人物の見分けがつきにくかった。


内容
秘書の回想という形をとっていました。冒頭、暗い画面にナレーションが流れます。「今なら私も若かったころの自分に腹が立ちます、恐ろしい怪物の正体に気づけませんでした…今も自分を許せずにいます」と。

22歳のトラウドゥル・ユンゲは、ミュンヘン出身が決め手で秘書に採用されます。ミュンヘンはナチの発祥の地です。

それから3年。トラウドゥルは最後の12日間を目撃します。連合軍が迫ってきて、地上の街は激しい爆撃を受け、瓦礫の山と化しています。連合軍相手に戦うと主張する少年・少女、年老いた兵士を射殺する将校、負傷者を収容する病院の惨状…。独り残留を決意した親衛隊の医療将校は、必死に駆け回ります。

一方でナチ幹部やトラウドゥルのいる地下要塞は、爆撃の直接の影響は受けませんが、状況が悪化するにつれて、狂気が蔓延していきます。トラウドゥルは錯乱するヒトラーを目の当たりにし、その遺書をタイピングし、エヴァとヒトラーの結婚を目撃し、自殺の銃声を聞きます。

最後に再び、年老いたトラウドゥルが現れます。そして、ミュンヘンで、ナチへの抵抗運動をして、逮捕され若くして処刑されたゾフィー・ショルの名前を出します。自分はゾフィーと同じ年に生まれた、若さは言い訳にならない、とトラウドゥルは語ります。


感想
若さは言い訳にならない、その通りだと思います。一方で、この映画はヒトラーの人間的な側面を描いたとして、批判されてたはず。確かに、トラウドゥルが採用されるとき、ヒトラーは親切です。決して怪物ではないのです。そして、強制収容所や、前線は遥か彼方にあり、その惨状は地下要塞の中では見えません。「正しい」判断をすることの難しさを感じました。その時代を生きているからこそ、見えにくいものもあるでしょうし。全てが終わった後に生まれたものは、その時代を高みから見て、あれは間違っていたと明快に言えるのですが。

錯乱状態のヒトラー&ナチ幹部連中が怖かったです。もはや地図の上にしか存在しない軍隊に攻撃を命じたり、市民が死ぬのは彼らの責任だと言い放ったり。ゲッベルス夫妻の最期はヒトラー以上に怖かったです。夫人はナチのない社会で子供を育てることに意味はないと言い放ちます。そして、6人の子供を自らの手で殺してから、自殺します。狂気は、彼らが怪物ではなく、弱い人間である証拠を示していると思います。この辺も批判された原因なのでしょうね。

批判もわかるのですが、ただ、私は、弱い人間が、あのような惨禍を引き起こしたことこそが怖いと思いました。人間であるのならば、誰でもあのような惨禍を引き起こしうるのだなと、思えて。


ところで、この映画でエヴァの義弟で処刑される将軍役をやっていたトーマス・クレッチマン。かっこいいなぁと思って見ていたら、『戦場のピアニスト』でもナチの将校役をやっていた人でした。主人公に差し入れをして助ける役です。そのときもかっこいいなぁと思って見ていました。同じ人だったとは。私の目はあてになりません…
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by alcyon_sea | 2007-02-14 21:12 | 映画・雑誌・etc.
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