小川洋子 『博士の愛した数式』 新潮社
文章が読みやすそうだったので、電車の中で読んでいました。確かにさらさら読めたのですが、無性に泣けてきて、どうやら電車の中で読むには不適な本だったみたいです。あやうく夜の車内で文庫本を前に泣いてるいわくありげな人になるところだった…。理屈がどうの、ではなく言葉が心にダイレクトに響く感じでした。文章がよいのだろうなぁ。

内容は記憶が80分しかもたない博士と、物語の語り手である家政婦の「私」、「私」の息子の交流の話。日常が淡々と綴られています。同時に過去の話が出てきます。「私」の過去、博士の家の隣に住む博士の義姉と博士の過去。どれも過去に膨大な量の感情が渦巻いたのだと思うけれど、これも淡々と語られていました。でも、あっさりしているから、余計にくるものがありました。すべての感情が詳細に書かれていないがゆえに、かえって読み手があれこれ想像するからかも。

あとこの話は、小道具の使い方がすばらしいと思いました。江夏のカードや野球のグローブ、他にもいろいろありましたが、モノと人の感情や記憶がきれいに絡み合っているので、そのモノが再登場したとき、読んでいてぱっと以前の場面が蘇ってきました。

それから数学。博士は数学博士なので、もう一人の主役といってもいいくらいに、数学の話がたくさん出てきます。素数、友愛数エトセトラ。数学がとにかく嫌いだった私には、こういう見方があるのかと少し感動的でした。ああ、なるほどと思ったのは、「私」の不安でせわしない生活の中では、永遠に正しい真実の存在が必要である、目に見えない世界が目に見える世界を支えているとい実感が必要であるとの述懐。人の心の安心や充足のためには、目に見える世界のみではなく、見えない世界までも知覚する必要があるのだと私も思います。確かに数学は目に見えない世界を知覚するためのひとつの方法ですね。そう考えると、数学も少しは好きになれそうな。

……でも、オイラーの公式あたりで頭が凍結しました。やっぱりだめかもしれない……。
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by alcyon_sea | 2007-06-03 22:39 | 小説
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