カテゴリ:ノンフィクション( 5 )
辺見 庸 『もの食う人びと 』 角川書店
飽食の日本を飛び出して、アジア、アフリカ、ヨーロッパと各地で「食べた」著者のルポルタージュ。食べるということは、誰でも毎日していることなのだけれど、その当たり前の行為に、その土地の歴史、文化、政治、生活、さまざまなものが内包されて、深いです。

日本を抜け出して、著者が最初に食べたものは、ダッカの残飯。ホテルの残飯が貧しい人たちに食事として売られているのです。線香の煙で匂いをごまかして。食べた後、著者は残飯であったことを知って、口にすっぱい液があふれて、唾液を吐き出します。

この本は90年代の記録なのですけれど、今はどうなのでしょう。今でもダッカではホテルの残飯が売られているのでしょうか。そして、以前読んだ『日本の下層社会』を思い出しました。日本でも戦前は、残飯が「下層社会」の人々に売られていて、残飯を食べて生活している人がいたのでした。今の日本では残飯が人の食事として売られていないけど、売られていることを驚くことができるけれど……

他に、チェルノブイリの汚染地帯、サハリンの蕗、タイの猫缶工場、エトセトラ。あるいはポーランドの元政治家のインタビュー。共通項は食というだけで、本当に千差万別。身近なのに身近ではないことが書かれているのが、面白い理由なのだろうなぁと思いました。そして、私の「食」ははたしてどうなっているのだろう、とふと考えさせられました。
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by alcyon_sea | 2007-09-09 21:44 | ノンフィクション
稲垣恭子 『女学校と女学生―教養・たしなみ・モダン文化』 中央公論新社
戦前の女学生は西洋風のものにあこがれ、実用知識を嫌い、広く浅い教養にあこがれた、そうです。そして、繰り返される女学生批判。著者は、批判する識者(の男性たち)の西洋文化の受容がそもそも軽薄だったので、批判派それをうつす鏡だった…としています。なるほど。

そもそも、彼女たちが女学校で「役に立つ」学問をしても、一般的にはそれを生かすことはできないわけでして。戦前は女学校を卒業した女性が入学できる大学あるいはそれに相当する教育機関は限られていましたし、職場もまたしかり、でした。彼女たちが広く、浅く、になったのは、そういった現実を悟っていたからというのもあるかもと思いました。鶏が先か卵が先かな話になってしまいますけど。

とはいえ、吉屋信子やエスのあたりで、背筋がもぞもぞしました。日常に刺激が乏しいのである意味居心地が良い反面、ねっとりした閉塞感が漂っているところは自分が経験した女子校時代の感覚に似てます…。狭い世界で、独特の用語があって、人間関係が濃密で…現代と似ているところも結構あると思います。女学生気質にはその時代ならではのものもあったのだけれど、女子校ならではの普遍的な面もありそうな。

そして、私が女子高生のころも、メディアは女子高生の行状をあれこれ論評してました。あれが流行ってるらしい、これはけしからん、などなど。今もしてるんでしょう。興味がないので把握してないけれど。この手の話題は普遍的に需要があるのでしょうね、きっと。10代の女の子のあれこれにオジサンたちは今も昔も興味津々だということなんでしょう。だから、メディアもあれこれ言い続ける、と。(というか、戦前も女子学生はこんなに批判されるくらい注目を浴びてたんだ、とちょっと驚いた)
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by alcyon_sea | 2007-07-01 22:56 | ノンフィクション
岩合光昭 『猫を撮る』 朝日新聞社
朝日新書。新書なので、カラー写真は口絵のみでした。内容は猫の写真集で有名な著者が、猫写真を撮る極意や、撮影時のエピソードをつづったものです。ちなみにオフィシャルサイト。会員登録すると犬・猫の写真が見られます。私は、猫の日本編にある小さな駅の線路で猫が日向ぼっこしている写真が好きです。本書の巻末にあるパンダやライオン写真もあり。

写真は趣味ではないのだけれど、猫派か犬派かと問われれば、猫派です。犬は、小学生のころ、野良犬に追いかけられたことがあるので、ちょっとだけ苦手意識があります。一方で猫は、母方の祖父母の家で飼っていたので、なんとなく馴染みがあります。小学生のころ、夏に祖父母の家に行くと猫を追い掛け回して、ものすごく嫌われていました。家で動物を飼っていなかったので珍しかったというのもあったのですが。

本書には猫が子供嫌いである理由が書かれていました。動きが激しいから、だそうです。子供は猫を見つけるとまっしぐら。そういえば、私もそうでした。二階の瓦屋根の上まで追いかけていました。八月の日差しが照りつける黒い屋根瓦は、足の裏がひりひりと熱かったのですが、それ以上に屋根の向こうに消えるときに、ちらっと振り返った猫の心底嫌そうな顔が忘れられません。それから、縁側の下に逃げ込んだところに、手を突っ込んでひっかかれていました。

猫の気持ちになって考えると、自分の何倍もの大きさの動物が飛びかかってきたら、怖いだろう、とあって、深く反省しました。猫の気持ちなど、全く考えていませんでした。猫に好かれる人は動きのゆっくりとした人が多いのだそうです。猫に会うときは、気をつけよう。

他にも、街の様子、オス猫とメス猫では、オス猫のほうが被写体になってくれやすい、メス猫と子猫の関係など、写真を撮らなくても猫好きなら楽しめる内容が盛りだくさんでした。ただ、今は撮影場所を書くと、心無い人がやってきて猫たちの生活が脅かされる危険があるので、はっきり書けないとのこと。せちがらい世の中だなぁと思いました。猫は、野良猫でも人の近くで暮らしているので、人の影響をもろにうけているわけで。猫が猫らしく暮らせる環境というのは人にとっても良い環境なのでしょうに。
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by alcyon_sea | 2007-03-18 21:48 | ノンフィクション
パオロ・マッツァリーノ 『つっこみ力』 筑摩書房
正直、『反社会学講座』のほうが面白かったです。が、これはこれで結構楽しめました。随所に無駄知識がちりばめられていて、楽しかったです。社会学につきものの統計の胡散臭さについて相変わらず熱く語っています。

統計は、確かに。これは私の体験ですが、かつて、××社会学の先生が、なにかの雑誌を読んで感銘をお受けになって、学生におっしゃったことがあります。日本人はアメリカ人に比べて、予想の付かないことがおきたとき、それに耐える遺伝子(なんじゃそりゃ)が少ないから、不況になるとおたおたして、なかなか回復しないんですって。私はついつい、質問してしまいました。日系アメリカ人はどーなんですか?と。なので、統計はアヤシイという、著者の主張にはうなずける部分も多いです。

ただ、全体的にアカデミズム批判がやや強すぎるような。そこまでしつこく批判するのは、常勤講師先が見つからんのかとか、それとも勤務先にいやなアカデミズムの権化がいるからか、とか嫌なアカデミズムの権化には30代後半で綺麗な嫁さんがいるからか、とか(多分痛くもない)腹を探りたくなります。インセンティブを、ね…。(笑)

それと批判はつまらんから、誰も耳をかさない、お笑いが大事といってますけど、著者渾身の肝心のお笑いがあまり面白くないのもちょっとつらい。とりあえず、家政法経大は、男子中・高生が喜びそうなレベルのネタだと思います。確かに、批判しているだけでは何も生まないし、つまらないよなぁとは思いますが。(逆にお笑いがいかに難しいか、ということでもあるのでしょうね)

著者の経歴は相変わらずアヤシイというか、アヤシサが増してました。
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by alcyon_sea | 2007-03-12 22:39 | ノンフィクション
齋藤孝 『読書力』 岩波書店
岩波は「教養」の発信基地。昔から機関紙「並」じゃなかった、「波」で「教養」を発信している。遺憾なことに、最近教養の価値が低下し、先細り傾向にある、らしい。教養の退潮(&岩波の退潮)を案じて出したと思われる1冊。

作者が言う読書とは、推理小説や娯楽本は含めず、精神の緊張を伴う読書のことをいうらしい。確かにそういった読書も大切だと思うし、本を読むことで、実際には体験できないことを体験できるし、考えることもできる、のだとは思います。そういったことが大切だというのも同意です。

でもね、読書力を上げると日本経済の復興もなると最初のほうで作者はおっしゃいますが、いかがなものかしら。バブル経済崩壊の時、経済界のTOPにいらした方々は教養主義がいまだ、廃れていないころ、つまり学生が今より本を読んだと思われる時に、学生時代をすごしたのだと思います。古くは大正教養主義も昭和のファシズムに対してなすことをしらなかったわけですし。読書とは、そのようにわかりやすく役に立つものなのかしら。それに、要約力・会話力・コメント力がついて、社会で有用なのだそうだけれど、作者自ら本をたくさん読む人間は孤独になりやすいといっているので、コミュニケーション力も本当のところどうなのだろうと、あやしく思ったり…。

ちなみに、作者の言う読書力がある目安とは、文庫100冊、新書50冊だそうです。もちろん、推理小説や娯楽本を除く。司馬遼太郎あたりが境目だそうです。精神の緊張という言葉から、日本に古くからあるなんとか道系の求道精神を感じます。そして、明確な数値目標と手順を踏めばステップアップできるらしい、明快さ。やっぱり何とか道系っぽいです。読書道という新たな道ができたのかも。

と、色々書きましたが、推薦の文庫100冊はネットで公開されてます。私はたくさん読んでない本がありました。(30冊強しか読んでない)読もう読もうと思ってなかなか読まなかった本も多い…。山本周五郎とか、マックス・ウェーバーとか。読書が役に立つ立たないは別にして、次は何を読もうかと思ったときに、結構参考になるかも、と思いました。(←リストに須賀敦子が入っていたので、満足&納得したらしい)

ところで、この本は新書50冊のなかに入るんですかね?字が大きい、やたらに読みやすく明快な論旨、この本のおかげで確かに教養の退潮を実感しましたが。
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by alcyon_sea | 2007-02-27 22:25 | ノンフィクション